最初の花火が打ち上げられた。
彼はチラチラと落ちてくる光のかけらを見つめている。
「花火を見ていると心が空白になる。
嫌なことも忘れ、音と光のかもし出す世界へと逃避できる。
だから花火が好きだ」
彼は私にそう言った事がある。
私にとって花火は綺麗、それだけだった。
打ち上げられたときのドーンという音は心を躍動させるとしても。
又、花火が打ち上げられた。
彼は無心で火の玉を見上げる。
川原に座っている彼の顔に火の粉がかかる。
一瞬照らされたその顔に、私は安らぎをみた。
こんなに穏やかな顔をするのだもの、毎年花火を見に来よう。
苦労の皺が刻まれた彼の顔に頬を寄せた。
驚いて、彼は私を見た。
私はくすっと笑った。
愛しい彼、私の夫。
昨夜からの雨もやんで、今朝は太陽の光が窓から差し込んでいる。
小鳥たちのさえずりが耳に心地よい。
梅雨の晴れ間……。
彼女は高層マンションにある自室の窓を大きく開けた。
眼下に見える公園には、鬱蒼とした森が広がって、しばし都心にいることを忘れさせる。
濃い緑の樹の上に、ぽっかりと大きな白い花が浮かんでいる。
「マグノリア……」
彼女は白い花から目が離せない。
まるで今日に合わせたかのように咲いた白い花。短い命の花、マグノリア。
明日には花弁は力をなくし、やがて醜い姿をさらすことになる。
「まるで私みたいね」 彼女は自嘲気味に呟いた。
窓を開けたまま室内を見回す。
やり残したことはないかしら?
部屋に無駄なものは一つもない。
小さなソファとテーブル。目に入るものはそれだけ。
昨夜、彼と別れを告げた。
一人で逝くのは寂しいから……。
彼のグラスに毒を入れた。
あっけなく一足先に逝ってしまった彼の部屋を後にして、彼女は自室に帰ってきた。
そして今朝、マグノリアの白い花が招いている。
「さあ、貴女の番ですよ」
白い花の待つ地上へと、彼女は身を躍らせた。
レースのカーテンが、別れを惜しむかのように、窓辺で揺れていた。