君はノームを知っているだろうか。
そう、老人の顔をした小さな人、地の精霊とも言われている。
春の日差しが暖かく感じられるようになったある日、僕は偶然に彼らの世界への入り口を見つけてしまった。
正確には入り口への階段と言った方がいいだろうか。
湿原に咲く水芭蕉を見に行ったときのことだった。
僕はまだ芽吹いていない木の幹に背をあずけ、ぼんやりと湿原を眺めていた。
目の端を何かが横切ったような気がして、首をそちらにまわした。
リス?
リスではなかった。
僕は驚きのあまり叫びそうになるのをぐっと抑えた。
目に入ったのは、リスより小さな、ひげをはやした人間だった。
彼は左右を警戒するように見回したが、僕の姿は目に入らなかったようだ。
覚られてはいけないと、僕は息を殺してじっとしていた。
彼は、木の幹に螺旋階段のように生えているキノコを、上手にのぼっていく。
僕は彼の後を目で追った。
キノコの階段を上へ上へと進み、その姿はだんだん小さくなる。
やがて階段がなくなった辺りで、ふっと消えた。
僕は思わずその木へ駆け寄った。
自分も登って確かめたい気持ちが、僕の体を駆け巡る。
確かめて何になる?
探し出してどうするんだ?
彼らの平和を乱すだけじゃないか?
僕は好奇心を抑え、木に背を向け、湿原を後にした。
私はポピーを愛する彼女のために、花畑へと出かけた。
晴れ渡った空の下、色とりどりのポピーが輝いていた。
膝をつき、持参した鋏でつぎつぎとポピーを刈り取る。
このくらいあれば、彼女は喜んでくれるだろうか。
腕いっぱいにポピーを抱え、立ち上がる。
先ほどの青空は消え、花畑は白い靄で覆われている。
私は軽いめまいを覚えた。
視界に入るのは、相変わらず輝いているポピーの花だけ。
歩いてきた道も、遠くに見えた山も消えている。
私はポピーの花畑の真ん中に取り残された。
やがて睡魔が私の意識を吹き飛ばした。
目覚めれば、一面の枯れ野原。
刈り取ったはずのポピーの花束は跡形もない。
重い足をひきずり、私は彼女の家へと向かった。
彼女はソファの背にもたれ、深い眠りに落ちていた。
足元には萎れたポピーの花が散乱している。
花の精の仕業だろうか。
いや、眠りの神、ヒュプノスの仕業だろうか。
私は知らず知らずのうちに、ヒュプノスの花園を荒らしてしまったのかもしれない。